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2007年05月アーカイブ

2007年05月30日

年輪

私の誕生日が、またやってくる。
毎年、その日は、ここ数年間は、
自分の誕生日会を自分の家で行うことが
恒例となっている。
数十名の、日々お世話になっている人たちに
感謝の気持ちを込めて、
手料理を作り、もてなす。


おいしいと言って、
たくさん食べてくれる仲間を見ながら、
「今年もありがとう」
と心から感謝する日。


いつもはなかなか会えないでいる人も、
この日は覚えていてくれて、
必ず参加してくれている。


こうした距離感を保ちながらの関係を
大切にしていきたいと思う。


今年もまた、
新しい仲間が増えた。
この人もまた、他の人との
出会いのきかっけとなり、
私の誕生日が、その人その人の
生き方を知ることのできる
貴重な日と思っている。


年をとることは、少し悲しいけれど、
年を重ねることが年輪のように
大きくなることでありたいと、
今年も思っている。

投稿者 椎名あつ子 : 16:02

2007年05月28日

ピンク

入院が決まり、
ここでのカウンセリングが
当分は休みという日、
その子は、とても機嫌が悪く、
すべてに対して反抗的で、
すべてに絶望していて、
私からだまって背を向けたまま
去っていった。


私が彼女に、最後に発した
精一杯のことばは、
知らぬ間に、
外の空気へと消えていた。


あれから1ヶ月以上が過ぎ、
彼女は近々、退院するという。


「笑っちゃうくらい、
失礼しちゃいました。
また、カウンセリングに行きまーす」


彼女からの連絡があってから、
彼女の好きだった
ハデなピンク色が
気になって仕方がない。


早く、早く、顔を見せて。


私は、今、待っている。

投稿者 椎名あつ子 : 14:59

2007年05月25日

聖母マリア

二人の少女を、
心から全身で抱きしめた。
美しすぎる心と、
美しすぎる肉体を、
神様に与えられた彼女たちは、
青春という果てしない苦痛を
やわらかな胸の中にしまい込んで
笑っていた。


私の、汚れた大人の感情や、
汚れた大人の倫理や建て前などといった、
そんなものは一瞬にして
消えてなくなりそうな
彼女たちの純粋なエネルギーは、
私は変化させる。


私の肉体は、
あなたたちの成長のために
使い果たしなさい。
私から吸い取れるものが
まだ残っているのなら、
すべて、取り除いて構わない。
あなたたちの心の歴史上に、
私の存在が、
私がいなくなった後も残るのなら、
私のすべてをあげよう。


私は、彼女たちによって、
その日、聖母マリアになれた。


女性に生まれてよかったと、
心から思った。


美しい少女たちよ、
永遠であれ。

投稿者 椎名あつ子 : 12:15

2007年05月23日

ニューヨーク

久しぶりに、
なつかしい曲を聴いた。


昨年、私が苦しみのどん底にいたとき、
今から思うと、久しぶりの
大きな挫折を味わったとき、
友人が、そのときのボロボロの私のために
贈ってくれた曲だ。


あれから何ヶ月かが経ち、
その出来事も、ひと昔となった今、
改めて聴いた。


あのとき、私はこの曲を聴いて、
嗚咽した。
ためていたすべての感情が
ほとばしり、あふれ出し、
号泣した。


そして今、そのはかなげな、
美しい、切ない旋律の流れの曲に、
身をまかせ、目をつぶり、
時の流れを感じる。


それは、静まり返った
薄紫色の朝もやの
ニューヨークを想像させる。
たくさんの巨大なビルが立ち並ぶ、
世界の中心のニューヨークマンハッタンも、
朝は静まり返り、
これから起こるたくさんの
さまざまな闘いを、
静かに眠りの中に沈ませている。


確かに、あのとき、
私には休むことが
必要だったのかもしれない。
苦しみからも、
孤独からも、
運命からも、
将来の夢からも、
信念からも、
生きざまからも、
すべて解放され、
ひたすら眠りにつく必要が
あったのかもしれない。


今、とてもなつかしく、
ゆったりとした気分で、
砂時計のような時の流れを
味わうことができている気がする。


「もう、終わったこと」
と、再確認できた、
私のあのときの時間。


今年、近々、ニューヨークへ行く。
私の再確認を
してきたいと思っている。

投稿者 椎名あつ子 : 17:03

2007年05月21日

Sさんへ

新しい家族、
CoCoちゃん(チワワ3ヶ月半)が来て、
1ヶ月が過ぎた。


はじめ、急におとなしくなり、
よそよそしくなってしまった
お姉さんBettyも、
やっと妹の存在を受け入れ始め、
2匹でお留守番する方が
淋しくないことや、
楽しいこともあるということを
分かってくれているように思える。


人も同じだと、最近感じる。
一人より、誰かパートナーが
いた方がいいし、
家族も、時には面倒だけど、
一人ぼっちは、やはり、
つらいかな。


ただ、人は、
その存在が在ることに
慣れてしまうため、
いろいろな愚痴や非難の気持ちが
出てきてしまうのだと思うが、
一人になったときはじめて、
人の温かみや、
その人の存在の大きさを
知るのだと感じる。


ある人のご主人が、奥さんに向かって、
いつも、何か自分に
気に入らないことがあると、
脅迫のように
「離婚だ」
といい続けている。
彼女は彼女なりに、
その状況を受け入れ、
耐えているように思える。


私は、そのご主人に伝えられたら
そっと言いたい。


「あなたは一人では無理よ。
それに、犬だって、
パートナーを受け入れているのよ。
時には、うざいと思いながらも。」


受け入れるとは、
受け入れる相手が、
自分にはいるということ。
それは、とても大きなことであると
知ってもらいたいな。
そのご主人、カウンセリングに来ないかなと、
真剣に思った、ある日の午後。

投稿者 椎名あつ子 : 20:10

2007年05月18日

彼方へ

朝、新聞を読みながら、
15才の女の子から贈られた
「コブクロ」のCDを聞いた。


静かに佇む未来…
ゆらめく時代の彼方…
後戻りできない、
今、生まれ変わる…


若い世代の人たちが
一生懸命、まっすぐ今と向き合い、
生きていこうとしている姿を
想像していた。


そんな中、ニュースキャスターの
筑紫哲也さんが、肺がんのため、
番組を当面休むという記事が
目に飛び込んできた。


「がんに打ち勝って
また戻ってまいります」


というコメントが、
コブクロの曲と重なった。


若い人たちだけじゃないんだ。
大人も、そして私も、
みんな、みんな、
先の見えない未来を信じて
生きている。


そこには、
きっと、きっと、きっと、
光があるはず…と、思いながら。


私は、15才の女の子に、
心の中で、ありがとうと
つぶやいた。


年を重ねていく中で、
忘れがちになっていた
青春そのものの
数々のメッセージが、
私の中で、大きく、大きく、
ふくらんでいった。


力強い、一日の始まりとなった。

投稿者 椎名あつ子 : 17:56

2007年05月16日

心理検査とは

「ただ、マニュアル的な表現ではなく、
的確な結果に対して、
血の通った優しい表現に感動しました。」


これは、ある日クライアントが、
心理検査の結果の所見レポートに対して
言ってくれたことば。


心理検査は2時間ほどの時間をかけ、
ロールシャッハ、描画テストを行い、
その他、エゴグラム、SCT、
そしてカウンセリングの経過報告を
プラスして、結果を出している。
出た様々なデータは、
一人に対して4時間以上の時間をかけ、
文章化し、クライアントに報告する。


それぞれの人の家庭環境、
その人の表現力、考え方の傾向、
そして潜在的な意識、
そういったことをすべて
まとめあげて、
一つの形として、
その人を捉えていく。


そういった過程の中で、
その人の欠点的要素を、
これからの課題として、
一緒にカウンセリングの中で
話を進めていくといった方法を、
私は非常に必要であると感じている。


表面的なマニュアルに沿ったことばで
データとして表現しても、
その人には伝わらない。
私たちは、すべてデータの結果を、
恐れずにクライアントに
提示していくといった上で、
その後のフォローも
責任を持って行っていく。


これが、本当のカウンセリングのあり方と
考えている。


こういったことを自分で書くのは、
傲慢的な自信と捉えられがちとも
思ってはみるけれど、
これもまた、心理検査の担当を
がんばってくれているスタッフ、
そして、私のカウンセリングを
支えてくれている
セクレタリー的なスタッフ、
そしてまた、
リラクゼーション担当のスタッフが
あってのことだと痛感している。


このことばを伝えてくださった
クライアントにも、
心から、心から、感謝して
やまない気持ちでいっぱいになり、
私たちは新たに原点に戻り、
クライアントのための、
クライアント中心のカウンセリングを
目指したいと考えている。


心理検査。
それは、その人の今の
表現しがたい心の内を、
その人に代わって
表現するといったことでもあり、
これから少しずつ、
その人が変わっていくためには、
まず、本当の自分を知っていくこと、
そしてそれは、自分の性格を
受け入れることから始まるのだと、
もっともっと多くの人に
伝えていきたいと感じている。

投稿者 椎名あつ子 : 15:51

2007年05月14日

母の日

母の日にメールを送った。


実は2週間ほど前、
母と電話で口論となり、
それきり、私も連絡を取れずにいた。


母の昔からの、変わらないマイナス思考と、
疑いから入る考え方に、
またか!と思い、
思わず意見してしまったのだった。


その日は、母も私も、
自分の考えを譲らず、
母から電話を切るといった形で
終わってしまった。


母の慎重で神経質な性格を理解すれば、
彼女の心配する気持ちも分かるのだが、
その日は、私は受け入れられない
気持ちだった。


あれから2週間という時間が流れ、
切なさと後悔が、
日に日に大きくなっていた。
「今の母を追い詰めるなんて、
子供じみた行動でしかなかった」
と自分を責め続けた。


私は、一日も長く生きてほしい母に、
厳しい意見など言わず、
胸に押し殺しておけばよかった。


メールには、謝る内容の言葉と、
感謝の気持ちをつづった。


そしてまた、遠い昔、
母から叱られた後、
2週間以上、口をきいて
もらえなかった自分を
思い出した。


あの頃の自分と同じ気持ちに、
年甲斐もなく、おちいって、
オロオロと、
親の顔色を気にしている
少女のような感覚だった。


もう、過去は過去。


それでも時々、出てきてしまう
この感情は、
母親に甘えたいところから
くるのかもしれない。


あー、まだまだ子供だな。
私って。


だから、心から、
お母さん、ありがとう。
これからもよろしくね。

投稿者 椎名あつ子 : 19:48

2007年05月11日

呪縛

「長い長い呪縛から解けました」


20代からの10年間近く、
人とは少し違った考え方、感覚を
持ち続けてきた彼女の、
孤独との闘いの歴史。


それは、確かに、
誰かにおまじないをかけられ、
動けないようにされて
しまったかのような、
苦痛と恐怖と悲しみの歴史。


「いろんな考え方が、
自然と受け入れられ、
普通の人に近付くことができ、
成長したと思う」


と、まっすぐ見開いた瞳で
話してくれた。


私は、成長したという言葉を、
今までの彼女の歴史を振り返りながら、
言い直したくなった。
何故なら、彼女は、人一倍、
成長しようとしてきた人だから。


やはり、
「呪縛が解けた」
がぴったりなのかもしれないと、
この言葉を、何度も何度も
繰り返し、心の中でつぶやいた。


それは、私との数年間の
カウンセリングからの、
卒業間近の彼女との時間だった。

投稿者 椎名あつ子 : 20:40

2007年05月09日

売春街

なつかしい昔の映画を観た。
25年前の横浜の風景が、
今は亡き、主人公の松田優作との間で、
いったりきたり、
心の中でワープした。


あの頃、私は…確か…と
思いをめぐらしながら
ふらふらと帰りながら、
映画館に展示されてあった
写真にショックを受け、
黄金町の売春街の跡地を
初めて歩いた。


2年前に、一斉摘発され、
新たな町づくりが
進められつつある所ではあるらしいが、
今でもまだ、生々しく、
閉まったままのお店が残り、
その頃の様子を
垣間見ることができた。


その写真は、貧しい東南アジアの
女性たちの生き様であり、
一人の女性は、エイズで命を落とした。
彼女は毎月、
国に残してきた両親のため、
体を売って稼いだお金を
送っていたが、
彼女はエイズにかかり、
異国の日本で
ひとり淋しく死んでいった。
彼女の遺骨は、両親に返されたが、
彼女の送り続けたお金で
母親は博打をし続け、
今は一文無しになっているという。
彼女のお墓は、
彼女がお金と一緒に送り続けた、
様々な日用品が入っていた
ダンボールだった。


両親に、少しでも楽な生活を
させてあげたくて、
夢を追い求めた彼女の人生。
親にも、知らない間に
見捨てられていた彼女の人生。
そんな一人の女性の生き様が、
跡形もなく、新しいマンションに
なってしまうのかと思うと、
仕方がないと思いつつも、
とても悲しくなった。
切なすぎる気がした。


横浜は、赤レンガ倉庫のように、
美しくよみがえる所もあれば、
すべて何もなかったように
忘れ去られ、
見捨てられる所もあることを、
これもまた、人生なのかと
考えされされた、
ゴールデンウィーク最後の日曜日。


しとしとと降る雨が、
唯一のなぐさめだった。


~~~お知らせ~~~


臨床心理士指定大学院受験個別指導コース開講


最近、心理カウンセラーを目指す方が増え、
臨床心理士の資格取得に関するお問い合わせも
数多くいただいております。
そこでこのほど、
指定大学院受験を目指す方への個別指導のコースを
開設することとなりました。
現場でもあるカウンセリングルームと接することもでき、
臨床心理士としての心構えも
同時に学んでいくことができると思います。


秋受験12回コース、春受験6回コース。
筆記試験対策、研究計画書対策、面接対策を、
受講生の方のペースに合わせてご指導します。
詳細はメールでお問合わせ下さい。

投稿者 椎名あつ子 : 16:46

2007年05月07日

怒り

ある精神科の先生のことば。


「怒りは、
最初の愛情表現である」


怒りや、恨みや、妬み、
苦しみ、悲しみなどの
負の感情を押し殺して
生きてきた人、
そして今でも、
心の奥深い場所に押し込んで
生きている人がいる。


彼女たちは、押し込んできた
様々なマイナスの感情を
表現することを恐れ、
または禁止令を自分に出し、
いつも明るく、力強く、
弱音を吐くことをせず、
前向きに考えることだけが
人から認められているかのように、
脳裏にインプットされてしまっている。


この先生のことばは、
そんな人たちへの
メッセージである気がした。


怒りといったマイナスの感情さえも、
ひとつの愛の表現であり、
表現することもまた、
愛であると伝えていうように思え、
私自身、解放された気がした。


悲しいときに涙を流し、
くやしいときに握りこぶしで
テーブルを叩き、
うめき、叫び、
当たり前のことだし、
自然であると、
少しずつ自分を許して
あげられていったら、
怒りを自分に向けたり
しなくなるように思える。


ただ、負の感情の出し方が、
分からなくなっている人も
多いと感じる中、
怒りの表現の仕方について、
その人に合った方法を探していくことも、
またカウンセリングで
必要なことであると感じている。


この先生の、
簡潔でありながら深い意味のあることばに
感動した日だった。

投稿者 椎名あつ子 : 18:07

2007年05月04日

貴女に

その女性は、私のたくさんの
知り合いの中でも、
いちばんといっていいほど、
正直、うらやましいと感じる人。


抜群のスタイルとファッションセンス。
小さい時から優秀な両親に育てられ、
優秀な学校に通い、
一流の会社に勤め、
優しい穏やかな人と結婚し、
超一流のマンションに住み、
最近は、彼女のセンスで買い付けてきた
服やバッグなどのセレクトショップを
オープンした。


彼女は、たくさんの物を
手に入れるだけの努力は、
人一倍してきた人であると感じる中、
彼女自身は、まだまだ自分を
認めることができず、
大きな大きな目標へと突き進む。


「もう、いいのよ。
がんばってきたから、
もう十分よ。」


大きな腕で抱きしめて、
ゆっくりとゆりかごの中で
休ませて上げたい気持ちに
時々駆られる。


美しいはずの向上心が、
時に、自分を追い込み、
果てしなく先の見えない大きな目標は、
時に人を、恐怖感へと追い込んでしまう。


私にもし、できることがあれば、
それは、草原の中の木々の間に
ハンモックを作って、
そこに彼女を
迎え入れてあげたいということ。
ハンモックがあることを、
教えてあげたいということ。


もし、彼女が、
本当に望んでいるのならば。

投稿者 椎名あつ子 : 17:43

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

横浜市中区と三浦市の2箇所に開設している女性のための心のカウンセリングルームです。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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