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2007年08月アーカイブ

2007年08月31日

バースデー

一番身近にいる大切な人の
バースデーが近付いている。
彼女は、40歳になるという。


30代は、大人の女性の
最高の時期。
40代は、大人の女性が
自分と向き合う時期。
そして50代は、大人の女性が、
どう社会に貢献できるか
考える時期。


私は、そんな風に
勝手に思っている。


40歳になる彼女に、
私ができること。


それは、私の失敗談を話して、
繰り返さないように
伝えることかな。


「Yさん、がんばれ!
そして、40歳おめでとう。」

投稿者 椎名あつ子 : 14:31

2007年08月29日

5日目

ある言葉に傷付いて、
4日が過ぎた。


よくあること…と思い、
忘れようとしながらも、
ふと何かの時に思い出しては
苦しくなった。


涙は、こういう時に
何故かでてこない。


意外と、私、
今、辛いかも…
と、初めて心の中を
見た気がした。


自分の心は、私以上に
必死になっていた。


「こわれてはいけない!」


そんな苦しみの、
5日目の朝。


ある子から、2年ぶりに
電話があった。
小さなささやくような声だった。


「もう一度、カウンセリング、
受けたいです」


全身の毛穴が開くような
思いがした。


「もう一度」


いい言葉だなと、
しみじみと思った。
私の心が癒えて、
ぱっくりと開いていた傷口が
ふさがれていく…
そんな瞬間だった。


朝8時15分。
南東の風少々、天気晴ればれ。
朝のコーヒーを、
いつもより濃い目にした。


いい5日目の朝だった。

投稿者 椎名あつ子 : 15:01

2007年08月27日

夢の話をした。


うつで引きこもりな彼はある日、
自立できることが夢と
言っていた。


フリーターの女の子は、
正社員にいあつかなることが夢。


若い女の子は、
今の彼と結婚して、
海外で暮らすことが夢。


そしてある人は、
街に、人が幸福になる物を
創り残すことが夢。


ある老夫婦は、ひたすら、
孫の子どもが産まれるまで
生きることが夢。


そして、私は…


年をとって、ある時期まで、
この仕事を、安定した気持ちで
続けていくことが夢。


私の夢は、もしかして夢らしくなく、
現実的すぎるのかもしれない。
でも、この私にも、
もっと夢らしい夢を
持っていた時はあった。
ひたすら思い続け、
信じた時があった。
神に祈る思いで。


だけど、年齢を感じた頃から、
夢を夢で終わらせないために、
しなければいけないことが
まずあるということを知った。
その日から、私にとって、
夢は目的となった。


夢は、夜見るものと
なっていった。

投稿者 椎名あつ子 : 18:03

2007年08月24日

離婚問題

ここ最近、30代~40代の
離婚の相談が増えている。


結婚して10年目ぐらいで、
お互いの価値観、
考え方のずれが大きくなり、
限界を迎える人たち。


相手の残酷な言葉に傷付きながら、
その結果、2人の間には、
会話が途絶える。
会話のない関係が、
子どもの育つ過程にも
影響を与え始め、
家族全体が機能しなくなり始める。


夫婦のカウンセリングでは、
お互いの性格の傾向を、
心理検査などではっきりと認知し、
その上で、何が必要か、
何が欠けているかを
理解していただいている。


相手の欠点ばかりが見えて、
先走って感情的になりがちな状態を、
客観的に見つめ合う。
また、言葉の伝え方、使い方を
学んでいってもらうこともある。


2人の関係が、修復へと向かうとき、
不登校の子どもが、
突然、朝起きて、
学校に行き始めることもある。
また、やはり別れた方が、
子どものために、いい場合もある。


夫婦の問題を分かり合えていない
2人が話し合っても、
いつまでも平行線である以上、
一度、カウンセリングといった場で、
客観的、かつ冷静になる必要も
あるということを、
改めて伝えていきたいと
感じている。

投稿者 椎名あつ子 : 19:56

2007年08月22日

卒業生

今日、カウンセラー養成講座の
研究科の生徒が3人、
卒業した。


初級から始まり、
中・上級、研究科と、
3年半近くの年月を
共に歩んできた。


一緒に勉強していく中で、
彼らの将来の目標や、
現時点での環境の変化によって、
様々な悩みの壁にぶち当たり、
動けなくなったかのような
時期もあった。
ブランクがあった時もあった。


最後の授業の後、
近くの店で食事をしながら、
3年半を思い返し、語り合った。


私自身、この講座を開いた理由は、
資格を持つカウンセラーも、
これからカウンセリングを
仕事に役立てたい人も、
カウンセラー希望の人も、
より多くの人に、
現場で日々起きる
クライアントの状態を
もっと知った上で、
カウンセラーという仕事と
向き合う場所があまりないと
感じていたからだった。


そして今、人にカウンセリングについて
教えるということが、
どんなに難しく、
またどんなに責任があることかを
考える時間を与えてもらっていることを、
日々、感じている。


カウンセラーに必要な、
クライアントに対する
基本的な共感、理解の意味が、
果てしなく深い問題であることも、
教えながら痛感している。


卒業生を見ていて、まず、
彼ら自身が大きく成長したと
実感させられた。
自分の感情のコントロールと、
忍耐力といった、
精神の強さをしっかりと
身につけていこうとする
エネルギーを、彼らに感じた。


彼らとは、卒業した後も、
スーパーバイザーとして
関わっていくことになった。


カウンセリングについて、
真剣に、一緒に、
考えていくことのできる仲間が、
少しずつ増えていくことを、
心から感謝している。


そして、3人の成長に対して、
私自身、誇りに思っている。


「みんな、おめでとう。
そして、本当にありがとう。」

投稿者 椎名あつ子 : 16:48

2007年08月20日

恋の季節

日曜日の朝、
どこか少し遠くに行きたくて、
何故か思い立って
下田に行くことに決めた。


電車の旅は、
とても居心地がよく、
のんびりと海を見ながら
お弁当をつまんでいると、
意外とあっという間に
下田に着いた。


下田の観光案内の
パンフレットを見ながら、
その中から水族館を選び、
バスに乗った。
そこは、海と一体となっていて、
イルカやアシカや
アザラシ、ペンギンのショーを
ゆっくりと見ることができた。


水族館なんかに行ったのは、
何十年ぶりだった。
子どもに戻った感覚で、
全てが真新しく、新鮮だった。


特に、アシカのショーは、
水の中でのトレーナーとアシカの
信頼関係が、
まるで恋人同士の踊りを
見ているようで、
うっとりとさせられた。
このトレーナーに恋人がいたら、
間違いなくアシカに
嫉妬するな…と、
どうでもいいことを
一人で考えたりしていた。


夕方は、バスの運転手さんに聞いた
地元の磯料理の店を訪れて、
海の幸を、心ゆくまで満喫した。


普段だったら、
何となく過ぎてしまう日曜日が、
この日はとても特別な日となった。


帰りの、充実した気分の
電車の中で、
1通のメールが入ってきた。
恋する大学生の女の子からだった。
少し年の離れた彼からきた
sweetな返事を、
誰かに言いたくて
送ってきたようだった。


私は、再び、
あのトレーナーとアシカの
ダンスを思い出した。


夏は恋の季節なんだと
ふんわりした気分になった。

投稿者 椎名あつ子 : 16:28

2007年08月17日

夏休み

カヤックで、
1時間程かけて遠出する。


熱い風、
熱い光、
熱い汗。


それでも、ひたすら漕ぎ続ける。
何もかもがどうでもよく、
頭の中が溶け始める。


夏の生活は、これでいい。
私は、真っ黒に染まり、
心の中から、むき出しになりたくなる。
解放のとき。


そう、これが夏休み。


うねり続ける波に負けないよう、
思い切り水しぶきを浴びて、
思い切り太陽の光を浴びて、
自然に生きることを感じた。


今日は、午後に、
友達も遊びに来る。
日焼けした最高の笑顔と、
冷たいお素麺と、
朝採りのとうもろこしが
おもてなし。


三浦の家での生活は、
いつも新鮮で愛しい。
私が、私らしくいられる空間。

投稿者 椎名あつ子 : 15:55

2007年08月15日

受け入れること

2匹目のチワワ、
ココchanがやってきて、
4ヶ月になろうとしている。


小鹿のバンビのような
美しく愛らしいお姉さん、
ベティと比べて、
ココchanは、
ポンポコ山のたぬきちゃん
みたいな顔をしている。


いまだに、おしっこの場所を
覚えられず、
いつもいつも私に叱られる。
叱られても、またすぐ忘れて、
相変わらず、私の大切なベッドの上で、
ステキにおしっこをしてくれる。


繊細で、小心者のベティに比べて、
ココはマイペース。
ベティと、スタッフの犬、モコちゃんが
遊んでいても、
一人、気にすることなく、
ゆったりとお腹を天井に向けて
寝入っている。


4歳半違いのベティとココは、
今はとっても仲良しになってくれた。
当初は、ベティが環境の変化に
ついていけず、元気をなくし、
それからしばらくすると、
今度は闘争心むき出しで、
犬の上下関係の社会を作るために、
ベティはココに
半殺しのような攻撃を、
容赦なく繰り返した。


私は、何度もハラハラさせられた。
それでも、トレーナーの指示の通り、
お姉さんベティを叱らず、
彼女を抱き寄せて、
今まで以上のたくさんの愛情を
与え続けた。


今、やっとベティは、
ココを受け入れ、
一日に何度もじゃれ合い、
時に、ココをなめ続けている。
2匹の世界ができ始めた。
ベティとココは、
幸福になりつつある。
ココを、2匹目として迎え入れて、
本当によかったと感じる。
私は、2匹によって、
受け入れるという意味を知った。


たとえ、時間がかかっても、
一度、相手を受け入れ、信じたら、
決して裏切られない動物の世界を見ていて、
何と人間はおろかなのかと感じる。
自分で決めて受け入れたはずなのに、
相手を非難し始める。
こんなはずではなかったと、
相手のせいにし始める。
夫婦カウンセリングでの、
熾烈な2人の闘いは、
日々、繰り返される。


そんな日でも、仕事が終わって、
ベッドで横たわる私の右足と左足の指を
交代で仲良く2匹は分け合い、
なめ続けている。
幸せな感覚を持つひとときでもある。


私は、さいきんは、
いろんな事に悩まなくなってきている。

投稿者 椎名あつ子 : 22:02

2007年08月10日

キャンバス

一人の男がいた。
穏やかで優しすぎて、
淋しすぎる男がいた。


父親の数々の残酷な言葉に
傷付きすぎて、
自分を見失ったまま
長い間生きてきた。


軍国主義的な管理に
押しつぶされ、
言葉を失くしたままだった。


小さな部屋で、ひたすら油絵を
小さなキャンバスに描くときだけが、
彼の中で自由な時間だった。


ののしられ、
罪人のように扱われ続けた彼は、
遠い遠い昔の初恋を
ひたすら想い続け、
描き続ける。


人は彼を、
弱すぎるとも言うだろう。
馬鹿げているとも言うだろう。
何故、父親から
逃げないんだとも言うだろう。


ある日、彼は、
父親に出さない手紙を
書き始めた。
決して見せることのない手紙を
何枚も何枚も書いた。
悲しみと、苦しみと、
憎しみと、怒りの言葉だけが、
並べられていた。


何百枚にも及ぶ手紙の中に、
たった一つ、
書き足された言葉。


「お父さん、
あなたが死んだら、
僕は自由です。
それが又、恐怖です。」


息子を愛せない父と、
愛されたことのない息子の関係は、
強い鎖のようなもので
つながれている。
この鎖が、いつか切れる時、
その時、彼は、
大きなキャンバスに
絵を描けるのだろうと思う。
きっと。

投稿者 椎名あつ子 : 13:51

2007年08月08日

1歳になりました

ここ、横浜心理ケアセンターの支店、
ハートセラピー横浜も、
もうすぐで1歳になります。


もっと身近にカウンセリングを
知って欲しいと思い続け、
治療目的以外の人でも
来やすい場所として、
2年近くの間、いろいろと考え、
誕生した場所でもあります。


1年間という月日の中で、
いろんな問題にも遭遇し、
悩み、葛藤の日々が続いたことも
ありました。
この1年間は、ある意味、
自分との闘いでもあった気がしています。
もうすぐで、あの誕生の日が近付く中、
この1年を振り返っています。


今回、新たに、ホームページを
リニューアルしました。
前回同様、同じデザイナーにお願いし、
何度もミーティングを重ね、
こちらの、仕事への目的の気持ちを、
デザインにどう表現させてもらうかも
どても難しい課題でした。
ここでも、表現力、会話力の重要性を
感じさせられたのでした。


新しいホームページは、
もっとリアルさをアピールしています。
心の悩み、傷、葛藤、苦しみを、
少しでも和らげることのできる場所として、
もっと現実的な伝え方の必要を
感じたからでもあります。


私たちは、2つの事務所を通して、
もっと充実したカウンセリングを行うことに、
責任を持って臨んでいきたいと
思っております。
今後とも、
横浜心理ケアセンター、
ハートセラピー横浜を、
どうぞよろしくお願いします。

投稿者 椎名あつ子 : 14:04

2007年08月06日

戦争

毎年、終戦記念日の
8月15日が近付くと、
戦争に関する番組が、
テレビやラジオで始まる。


昨日は、NHKスペシャルで
「硫黄島・玉砕戦」
という番組があった。


サイパンに近いこの小さな島で、
61年前、何が起きていたかという、
知らされていない事実が
明らかにされていた。


当時、飲み物の水を与えられないまま、
この島に送り込まれた人たちの数は、
数千人とも言われている。
自決することも、投降することも許されず、
ただひたすらこの土地を守り続け、
戦うことだけを強く教え込まれていた。


彼らは、40度を超す洞穴の中に、
細長い迷路のような道を掘り、
その中でじっと、
敵の攻撃を待ち続けた。
アメリカの兵士たちにとっても、
この戦いの犠牲は、
当初思っていたよりも多く、
4ヶ月間にも及ぶ戦いであった。


日本兵の、国を思う、
信じられない精神力に対して、
恐怖と憎しみを感じた敵は、
そのあちこちの洞穴の入り口から、
海水とガソリンを流し込み
火をつけたり、
爆弾を詰め込み、生き埋めにしたり、
ありとあらゆる方法で攻めてきた。


全身やけどを負い、
手足がなくなったまま命を落とす、
日本兵の最期は、
あまりにも残酷であり、
誰もが死ぬ前に冷たい水を
欲しがったという。


ただ、当時は、この惨敗した
激しい戦いを、
日本の新聞は何一つ国民に伝えず、
日本兵はすでに、日本国からも
見捨てられていた。


そんな中、生き残った
数人の人たちがいた。
61年間、口を閉ざし、
この戦争の消えない記憶に
苦しみ、嘆き、
ひたすら生きてきた人たち。


仲間を想い続け、
ひとりだけ生き残った意味を考え、
罪悪感との葛藤の中で、
やっとテレビの番組で話してくれた言葉。


「あの戦争で、死ぬ意味は、
一体何だったのか。」


無駄な死とは、
とても辛すぎて、悲しすぎて、
そんなことはいえないけれど、
果たして、何だったのか。


海の美しい、小さなこの島は、
今でも自衛隊に管理され、
入ることはできない。
たくさんの、彼らの骨は、
61年間、放置されたままである。
彼らの魂は、この時期、
何を訴えているのだろうか。


戦争は、もう決して
あってはならないといった、
当たり前のことを、
61年間、伝えられない教えとは、
一体、どんな教えだったのか。
壊れた教育が生んだ、
恐ろしい戦争、
人が人でなくなる、
極限の狂気の中でさえも、
守り続けさせられた教育。


戦争と教育といった
2つの言葉の責任を、
戦争を知らない私たちは、
どうやって次の世代に伝えれば
いいのだろうか。


今年もまた、その日が近付いてくる。

投稿者 椎名あつ子 : 18:55

2007年08月03日

握手

父が、突然倒れた。
朝早く、母からの
パニック状態の電話で起きた。


何らかの原因による感染からくる
高熱のためと診断された。


命に関わる病気ではなさそうだと
冷静になりつつも、
心のどこかで、父の年齢を
考えずにはいられない。
確かに、体力的にも
無理ができる年では
なくなっている。


母も、父の今回のことで、
多少弱気になりつつあり、
年老いた両親との
今後の向き合い方を
考えさせられた。


私の将来、そして仕事、
それと家族、両親の問題。
今の私の未熟さを
ひしひしと感じた。


何をどこから始めればいいのか。
娘である私一人では
抱えきれない問題が
山積みな気がした。


ただ、今、私にできること。
それは、毎日なるべく
お見舞いに出掛けることであると
思い直し、
母を連れて、病院に
行き続けることにした。


毎回、帰る時、
父が握手を求めてくる。


「ありがとう。
ごくろうさま。」


父と握手をしたことなど、
一度もなかった私にとって、
初めて手を差し出された時は、
正直、戸惑いを隠せなかった。


でも今は、当たり前の挨拶と
なりつつある。


「早く元気になってね。
また明日くるね。」


山積みの問題はそのままでも、
こうして父とゆっくり関われることに
感謝している。


両親が健在であるという、
この上ない幸せをかみしめた
一週間だった。

投稿者 椎名あつ子 : 15:03

2007年08月01日

嵐の日

その日は、あるお店の
一周年のパーティーだった。
激しい雨と、
恐ろしい雷の音が
鳴り響いていた。
確かに、この店には
ふさわしい感じだった。


雨漏りがひとい店内には、
たくさんの、変わった人たちが集まり、
なかなか他では聞けない
ライブが行われていた。


50代から60代のミュージシャンが、
昔の曲「恋の季節」を
ニコニコと演奏していた。
深い歴史が刻まれた人生を
送ってきただろうと
思われる人たちの演奏には
力がある。
そして、ゆとりがある。


ローレックスも、高級車も、
家も、お金も、名声も、
たいしたことではなく、
お金では買えない
かっこよさがある。
お金で買えない生き方がある。


そんな曲の言葉が
胸に響いてきた。


それでも、この人たちの
ありのままの生き方に、
私はやはり、ついてはいけない
自分を感じた。
裸でも自信を持って
生きていけるような
精神は持っていないと感じた。


私は、恥ずかしくなった。
私は、孤独を感じた。
そして、帰りたくなった。
現実と理想のギャップを、
やはりどうしても埋められない私は、
つまらない人間に思えた。
私は、自分が小さなアリに思えた。


夜中の12時が過ぎ、
酔うことのできないまま、
明日のことを考え始め、
仕事モードの気分になった。


そう、私は、
私の居場所に帰ろう。
それが、私なのだから。


雨が止んで、
濡れたアスファルトが
暗い夜道に光って、
美しかった。

投稿者 椎名あつ子 : 17:57

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

横浜市中区と三浦市の2箇所に開設している女性のための心のカウンセリングルームです。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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