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2008年03月アーカイブ

2008年03月27日

講演会

先日、測量関係の会社を経営する
社長さんたちの交流会で、
講演する機会を与えていただきました。
短い時間の中での講演でしたが、
その後、食事会に、
一緒に参加させていただけたことで、
たくさんの方々と
話をすることができました。


従業員と従業員の家族を支え、
会社の経営を支え、
また自分の家庭も支えている
経営者である彼らの生き様は、
一言では言えない
日々のストレスとの闘いであると、
痛感せずにはいられません。


私たちは、そういった人たちに、
よりメンタル的なケアのお話を、
今後も数多くしていく中で、
もっと現代のストレスについて、
そしてストレスからくる
心の病についての理解を
深めていただきたいと
感じております。


私たちは、今後も、
カウンセリング以外の場でも、
精神的な問題について
知っていただくために、
努力していくつもりでおります。
よろしくお願いいたします。


投稿者 椎名あつ子 : 19:25

2008年03月21日

ライブハウス

冷たい春の雨が降り続ける中、
前から誘われていたライブに出かけた。


狭い地下のライブハウスでは、
たばこの煙の中、横浜の本牧で、
知らない人はいないだろうと思われる
ロックのボーカリストが歌っていた。
心臓に響きわたるギターとドラム。
そして、彼の鳴り響く声。
観客は、踊りながら片手にお酒、
そしてもう片手はたばこを持ち、
一緒に歌う。


私は、どうしてもこういう時、
少しよそよそしくなり、
一人になりたがってしまう。
いつもそう。
たくさんの知り合いの人に
久しぶりに会い、
とても楽しいし嬉しいのに、
何故か、集団の中で一人になりたがる。


それは、昔からそう。
思えば、中学時代から、
群れることが苦手。
15分間、元気?から始まる近況を
ほんの少し話すことはできても、
あとが続かない。
何を話せばいいのか、分からない。
一人でひたりたくなる。
変な性格。


だから、私の所に来る、
人とコミュニケーションを取ることに
悩んでいる人を目の前にすると、
とってもよく分かる。
でも、みんなは気にしすぎ。
私も同じ。
沈黙が、時につらい。
でも、これでいいの。
ううん、これがいいの。私にとって。
そう思えたら、楽だよ。


ライブは最高!
うるさくていい。
でも、私は静かでいたい。
これも、私。
変えたくはない。
これが、私だから。

投稿者 椎名あつ子 : 15:57

2008年03月19日

受け入れないこと

昔、私の手相をみた人に
言われたことばがあった。
それは、私の運命を左右する
強烈なことばで、
それは、ある意味、
死を意味していた。


あれから10年以上が過ぎたのに、
彼女のことばは、
私を長い間しばりつけ、
時に不安がらせ、
恐怖へとおとしいれたりしてきた。


その呪縛から、もうあと少しで
解放される。
その日を過ぎれば、
私は死という恐怖から
立ち直れるだろうと思う。


死の恐怖を考えながら、
ふと、最近がんを宣告された
大切な友人を思い出していた。


彼女は先日、


「そのときはそのとき…と、
思うようにしているの。」


と、にこやかに話していた。
でも、それは、
どんなにか苦しいことか、
恐れずにはいられないことか、
分かっている。


私は、昔言われた
呪縛のことばを思い出すとき、
ものすごく彼女を恨んだ。
恨んで、憎んでいくと、
知らぬ間に楽になっていった。
強いエネルギーが
湧き上がってきていた。


がん告知を受けた彼女に、
先日、伝えてきた。


「がんを憎んでね。
絶対に許さないでね。
受け入れないでね。
負けないでね。」


人には、絶対に
受け入れてはいけない!ことが、
時にはあると思う。
それは、生きるために。
そしてそれは、
自分の生命力を信じるために。

投稿者 椎名あつ子 : 18:50

2008年03月17日

逃避

週末、久しぶりに
三浦の家に行ってきた。
初春の海は、
気持ちのいい風が吹いていて、
私の先週の疲れを
やさしくなごませてくれた。


祖母の様態が気にはなってはいたが、
2ヶ月近く放置しておいて家を
丁寧に掃除したり、
昼寝をしたり、
近くの知り合いの店で
ヨットの話をしたりして、
あっという間に時間が過ぎた。


この家は、使い勝手も悪く、
湿気も多く、
海からの風のせいで、
いろんな物にカビが生え、
庭の草むしりも大変で、
保有するのに
決して楽ではないけれど、
なぜかホッとさせてくれる空間だ。


日々の慌しい現実から、
逃避できる生活が、そこにはある。
逃避ということが、
どんなに幸せで、
とんなに必要なことか、
分からせてくれる。


今年もまた、
バーベキューの時期がやってくる。
お金をかけず、
時にエスケープすること。
これは、私の人生において、
大切な課題。


久しぶりの海を見て、
感じたことだった。

投稿者 椎名あつ子 : 14:08

2008年03月14日

目ざめ

不幸な母親がいる。
子どもは、入退院を繰り返し、
少し良くなった兆しが見えてきて
喜んでいると、
勝手な行動が目立ちはじめ、
それを止めると暴れだし、
自傷行為に走り、
脅しのように、家出を促す。


美しい顔立ちの母である彼女は、
弱りきった心と体を
やっとの思いで動かしながらも、
変わり果てた娘の姿と、
もっとこれから変わり果てていくだろう
娘の姿を思い、悩み、絶望し、
涙も枯れ果てていた。


「もう私、あきらめました。
こうなる原因を作ったのは
私かもしれないけれど、
もう、何をして償えば、
あの子が分かってくれるのか、
変わって良くなってくれるのか。
そのために、もう全てを尽くしきって
しまったように思えて。
だから、あの子をあきらめてあげることが、
優しさなのかと思うのです。」


つらい時間だった。
娘本人の病気のつらさも、
十二分に理解できるし、
理解し続けていきたいと思う中で、
母親の姿は、
あまりにも地獄の世界だった。


あきらめてあげることが、
優しさなのか?
…そうなのかもしれない。


でも、今の娘に、
この奥深い母の気持ちが
分かる日が来てくれるのだろうか。


放置でもなく、
見捨てたのでもなく、
ただ、求めない。
心の中で、そっとあきらめる。
それでも、母にとっては、
娘であることには変わらない。


目をしっかりと開いて、
よく考えて、
戻っておいで。
安易な道を捨てて、
逃げないでこっちの道に戻っておいで。
あなたの本当の味方の
お母さんの側に、
近付いておいで。


魔法があるなら、今すぐにでも、
私はあの子に気付かせたいと、
本当に祈る気持ちで、今はいる。


目ざめてほしい。


投稿者 椎名あつ子 : 14:26

2008年03月12日

ドラマ

いくつものドラマがあった。


仕事を終えた後、
行きつけのレストランバーで、
顔見知りの夫婦にあった。
御主人は、エレガントな
イギリス紳士を感じさせる、
スタイリッシュな雰囲気な方。
奥さんは、ふくよかで、
人懐っこい優しさをかもし出している。
私にとって、人生の先輩ママ的な感じ。


イギリス紳士風の夫は、
私たちみんなの前で、堂々と言う。


「35年、夫婦やってるけど、
あいつを今でも愛している。
オレは幸せだよ。」


奥さんは、あっさりと言う。


「あっそうぉ。ありがとう。」


もうひとつ隣のテーブルでは、
先日、内縁の妻を突然
病気で失った男性がいた。
悲しみを消すために、
ジャックダニエルを
ひたすら静かに飲む。
もう一人の男性の奥さんは、
最近、末期のがんの宣告を受けた。
彼は、悲しみと絶望を感じているはずなのに、
それをおくびにも出さないで、
やはり静かに、ひたすらお酒を飲む。


両テーブルの間にいる私は、
そんな、それぞれの人たちの
運命を感じながら、
私の夕食でもあるBLTをほおばる。


今日は、仕事で様々な人生を
見て、聞いてきた私は、
その両テーブルの
それぞれの人生のドラマを
見過ごそうとしていた自分が
怖くなった。


私は仕事を離れ、一個人の客として
ここに来ている中で、
その空間のドラマは、
あくまでもドラマ化したかった。
感じないようにしていた。
むしろ、もう今日は感じたくなかった。
私の今日一日の仕事を
引きずらないために。
だから、ここでも引きずらない。


そんな風に思うように努める私は、
いつから変わってきてしまったのだろう。
そんな自分が恐ろしくなりながら、
自宅に戻った。


しばらくして、突然、
吐き気をもよおした。
トイレで、ドロドロした物を
吐き始めた。
次から次へとくる嘔吐感は、
きっと自分への怒りだったのだろうと、
後で気付く。
もしかして、私はまだ少しは、
繊細なのだろうかと、
吐いた自分が、少し好きになれた。


どんなに感じないようにしていても、
人の苦しみはやはり辛く、切ない。
私は、押し殺して普通にしていた自分に
嫌悪し、辛くなり、吐いた。
その後、少し楽になった。


それでも私は、自分を守り、
コントロールする。
それは、明日のために。
それが、私。
それが、私の大切な宿命。

投稿者 椎名あつ子 : 14:54

2008年03月10日

野菜

あるクライアントさんが、
家で作っているという野菜を
たくさん持ってきてくれた。
生き生きとした葉が
ついたままの大根、
白菜、水菜、
みんな愛情一杯を与えられ、
育ってきた野菜たち。


生き生きとみずみずしく、
青々としていて、
野菜ってこんなに
頼もしかったかしらと、
初めて思った。


人も、きっと同じ。
たくさんの愛を与えらた子どもは、
きっと生き生きと頼もしいはず。


今日は、いつもは捨ててしまう
大根の葉を細かく刻んで、
もち米と一緒に炊いて、
おこわを作ってみた。
大根のやさしい苦味と、
もち米の甘さが何ともいえず、
おいしい田舎料理となった。


野菜が、こんなにも
ありがたいと感じたのは
久しぶりだった。
しかも、だいこんの葉って、、
本物はとっても大きいの。


Mさん、いろいろ気付かせてくれて、
本当にありがとう。

投稿者 椎名あつ子 : 18:56

2008年03月07日

祖母

96歳の祖母の容態が急に悪くなり、
入院した。


もう、5年以上も前から
痴呆がひどくなり、
一人で歩くこともできないため、
施設に入っていた。
その祖母が、突然、
今月持つかどうかと言われたらしい。


私は来週、一度、
お見舞いに行くことを、
両親と相談して決めた。


96歳という、一世紀近くも生きてきた
女性の人生を考えた。


祖母の夫は海軍で、
私の父がお腹の中にいたとき、
戦争で片足を、海の上で落とした。
私の父は、両足のある父親を
知らないで育った。


祖母の夫は、父が大学1年生のとき、
急死した。
それからの人生は、
父と父の弟を支え、
2人とも大学に行かせるため、
働き詰めだったらしい。


父と母が結婚し、その後は、
弟夫婦が共稼ぎだったこともあり、
祖母は、弟夫婦の子どもの
母親代わりとして、
長い間生きてきた。
私のいとこであるその子が
大きくなるまで、
祖母が母親のような存在だったことは
よく覚えている。
孫同士でありながら、
私はいつもその子と比較され、
何となく遠い存在の人だった。


私のいとこが大人になり、
しばらくして祖母は、
私の家に来て住むことになった。
私の意識の中では、
いとこがいなくなったとたん、
弟夫婦から追い出されてしまったように
長い間感じていた。


その後、私の父と母は、
祖母のことでよくけんかをしていた。
女一人で男の子2人を育ててきた祖母には、
自信もプライドもあり、
専業主婦の母を
見下していたのかもしれないと、
今になって思う。


若かった私は、そんな母がかわいそうで、
父が母を怒るたび、
許せない気分が一杯になっていった。


あの頃、父を恨んだ。
祖母を恨んだ。
そして、父の弟夫婦も恨んだ。
父の関係すべてがイヤだった。


私の中では、正直、
祖母への想いはとても薄く、
長い間、あまり考えもしないで
時が過ぎていった。


そんな中の、突然の知らせだった。


私は、父に電話した。


「今、会わないと、私、後悔するから、
一緒に病院に行ってください。」


祖母は、私をもう、
覚えていないと思う。
私のことも、父のことも、
もう分からないと思う。
でも、魂はあるから、
きっときっと、
何かは感じてくれるだろう。


今、私は、
祖母を許したいし、
祖母をいたわりたいし…


…そう、でも一体今さら、
何ができるのだろう。


ずーっと考えて、私は、
祖母の薄くなった髪の毛を
いっぱい撫でてあげたいと思っている。
これが最後に会える時かもと、
覚悟して。

投稿者 椎名あつ子 : 14:55

2008年03月05日

生きる そして My Way

すてきなすてきな夜に、
ろうそくの炎の中、
Charaのmy wayを聴く。
私のブログのタイトルのはじまり。


この曲はいつも、
私を泣かせる。
苦しく、苦しく、辛かった日々。
挫折した、あの心。
捨てられたこと。
裏切られたこと。
そして愛されたこと。


そして、今ここにいる私のこと。
それを守ってくれている家族と、
大切な人々。


生きるとは、そういうこと。
私の長い歴史。


私は、もしかして、
突然死ぬかもしれない。
そのときは、この曲を流してねと、
託している人がいる。


その日まで、私は、
母であり、女であり、
そして、ひとりの人間。
だから、私は、
私の生きる道を信じる。


とてもとても、
そのことを、今日は、
重く感じた。
生き続けたいと、心から思った。

投稿者 椎名あつ子 : 18:46

2008年03月03日

ひなまつり

何があったというわけでもない。
特別つらいことが起きたわけでもない。
ただその日は、とにかく疲れた日だった。
体全身の毛穴という毛穴が開きっぱなしで、
頭の中がぎゅーっと押され、
小さなみかんぐらいに
なってしまった感覚におそわれ、
人と話す気力も失せた。
ただひたすら疲れた。


そんな日の夜、母に電話した。


「ママ、今日は疲れたよ。」


小さな子どもになって、
意味のない愚痴を言ってみた。
年老いた母に、そんなことを打ち明けた自分が、
とても情けなくなった。
心の中で何度も、ごめんねとつぶやいた。


母は、天使のようなやさしい声で、


「ひなまつりも近いし、
一緒にごはんでも食べようかね。」


短い短い電話のあと、
私の心は、綿菓子のように
ふわっとあたたかかく、
甘い気持ちになれた。


あれから2日が経ち、
そう、今日は、ひなまつり。
ちらし寿司を作って、母に届けよう。


いつもの私のように元気になれた理由は、
たった5分の電話だった。


今日は、女の子の日。
かわいいちらし寿司を作るため、
仕事前からキッチンに、
鼻歌を歌いながら立っていた。


「明かりをつけましょ ボンボリに…
お花をあげましょ 桃の花…」


投稿者 椎名あつ子 : 19:00

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

横浜市中区と三浦市の2箇所に開設している女性のための心のカウンセリングルームです。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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