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2008年05月アーカイブ

2008年05月30日

心配

あなたのことが気になって、
今日は眠れそうにありません。


2ヶ月間という、
短くも激しい恋を、
経験しました。
美しい思い出だけが、ふたりのすべて。


そして、あなたの愛しい人は、
飛び立ちました。
期限のない再会の約束だけを
残して。


彼は、新しい未知の世界へと羽ばたき、
そしてあなたは、ただ残され、
現実の生活と向き合うという
試練が訪れました。


どんなにその胸を痛め、
淋しさと闘っているのでしょうか。


涙ひとつ見せずに、
こういう時に、いつもあなたは、
すべての人をシャットアウトする。
そして、黙ってひとりで
眠り姫のように眠り続ける。


あなたは強い子です。
でも、あなたはまだ、
16歳です。


どうか、自分を見失わないで、
どうか、あなたの生まれてきた意味を
忘れないで。


そしてどうか、ひとりではないことを、
私はいつでもここにいることを
思い出して。

投稿者 椎名あつ子 : 16:31

2008年05月26日

コンサート

母が習っている女声合唱団のコンサートに、
小雨の中、行ってきた。
50代~70代の女性30名ほどがひとつになって、
力いっぱい合唱していた。


私の母も、もう何年も前から
このグループに参加しており、
彼女の生きがいのひとつとなっている。


みんなそれぞれ、夫や子ども、
孫たちとかかわりあっている女性たちは、
私にとっては大先輩の集まりであり、
その人たちが、毎週練習を何年もし続け、
今日のコンサートへとつながったのだと思うと、
尊敬の思いが強かった。


私の母は背が低く、細い華奢な方だと思うが、
その体全体で、歌うことを表現していた。
とてもけなげで、かわいい姿だった。


最後の方は、緊張なのか感動なのか、
母は少し泣きそうな感じで、
それを見て、ハラハラしている私がいた。


あと何年、この仲間たちと
歌い続けられるのだろうか。


そんな不安を持ちながらも、
それにしても、私の母は、
いちばん、誰よりも美しかった。
私は心から、私の母を賛美した。

投稿者 椎名あつ子 : 17:28

2008年05月23日

秘伝の味

その日の夜、突然、
何人かが集まり、
夕食を一緒にすることとなった。


私は、うどんに決めた。


我が家のうどんは、
父から教わってきたもの。
昔、日曜日のお昼というと、
父がうどんのつゆを作ってくれていた。


ひとつは、大きめに切ったなすを炒め、
しょう油と砂糖とだしで
味付けしたつゆ。
もうひとつは、油あげと、
豚肉の細切れと、
ねぎをたくさん入れたつゆ。


この2品種の温かいつゆに、
つめたいざるうどんを
つけて食べる。
田舎の味。


これは、最近なくなった祖母が
よく作っていたらしく、
それを父が受け継ぎ、
そして、この私に受け継がれた、
秘伝の味。
他の人の口に合うかは分からなくても、
私は、うどんというと、
なつかしくて作ってしまう。


父から受け継がれたもので、
私に確実に残っていると思えるものが、
うどんのつゆとは…
少し笑える。


おふくろの味とはいうけれど、
これはまさに、おやじの味。


親から子へ受け継がれるものは、
ある意味、自分のルーツの
あらわれである気がしている。

投稿者 椎名あつ子 : 17:43

2008年05月21日

不幸なこと

私の知人で、会うたびに、
「忙しい、忙しい。」
と言っている人がいる。
先日も、久しぶりにある店で、
偶然会って、立ち話をしていたら、
「ここのところ忙しくて、
疲れていて、
寝ていないんだよね。」
と言っていた。


ふんふんと聞いているうちに、
だんだんイヤな気分になってきて、
「忙しくて大変ネ。」
と言って、会話を終わりにしたくなった。


私の、イタリア人と仕事をしている友人は、
あるとき言っていた。


「忙しいということは、
イタリアでは不幸なことなんだよ。」


なるほどね。
日本では、忙しいほど、
仕事があるということは、
良いこととされているけれど、
それはつまり、
疲れるから不幸ということ。
国によって、考え方が本当に違う。


本当に忙しい人も、
忙しぶっている人も、
自分で忙しくしている人も、
不幸なのか…もね。


でも、
「ひまなんです、私。」
っていうのが、
幸せには思えない私は、
やっぱり日本人なのかも。


だけど、いつも忙しいっていうのは、
少し問題かもね。
もう少し、力を抜いて。
先は長いからね。


投稿者 椎名あつ子 : 19:58

2008年05月19日

ヨット

さまざまな人間関係の波に、
少し飲み込まれそうに
なっていた1週間だった。
週末、三浦の家にリラックスしに行った。


日曜日は朝から天気がよく、
海に出て、ヨットに乗った。
小さなディンギーと呼ばれるヨットは、
風のみで走る。
風を、いつもよりも感じようとする。
どこから吹いてくるのか、
肌の毛穴すべてが
敏感になってくるのが分かる。


風がやんでしまったときは、
ひたすら、ひたすら、祈る思いで
待つしかない。


風が吹くと、海の表情も変わってくる。
静かだった波が、
突然、大きな波になったりする。
何も問題のなかった人との関係が、
突然、大きく揺らぐときのようだ。


海に出て、自然から学ぶことが多い中、
今日は、ボーっと風を待ちながら、
そんなことを考えていた。


今日は、こんなにも落ち着いている景色も、
明日から、台風が来るらしい。
きっと、この三浦の海も、
雨と風が激しくなり、
船もヨットも静かに避難するのだと思うと、
私たちの日常も同じだなと
思ったりした。


だから、おもしろいんだよね。
人生も、そしてヨットも。

投稿者 椎名あつ子 : 16:56

2008年05月16日

Dear Keith Jarrett

最近、しとしとと雨が降り続いている。
新緑の季節というのに、
すがすがしい草木の香りも味わえず、
このまま梅雨の季節に
突入してしまうのではないかと、
少し不安になる。


やはり、こういう日々は、
気持ちが憂うつになってくる。


今日は、久しぶりにコンサートに出かける。
キース・ジャレットを聴きに。


彼のピアノもやはり、
この季節のように、
静かに、少し悲しげなのだろうか。
今日は、ゆったりと目を閉じて、
彼のピアノの世界に
陶酔しようと思っていた。


でも、その日の彼は違った。
最初から不安定な、
受け入れにくい音が鳴り響き、
私はじっとしていられない感覚の中、
背中やひざに、ムズムズとした症状が起き始め、
何度も席を立とうとした。


しばらくして、少しずつ
やわらかな音へと変化し始め、
でもまた、不安定なリズムへと戻る。
苦悩と混乱の中で、
やっと探し出す音を、
彼は必死に、嗚咽にも似た
うめき声を出しながら、
弾いていた。
心の叫びを感じた。
彼は、美しいだけの音に疲れ、
静かな安定に不安を覚え、
年老いた自分と闘っているようだった。


時折見せる優しい音の中にさえも、
何か戸惑いに似た空しさを感じ、
彼の音楽に、力強さを、
私は得られずにいた。


昔の彼は、こうではない。


アンコール曲の途中で、
彼は私たちに英語で話しかけた。


「私への信頼に対して、
あなたたちに感謝します。
つまり信頼とは…
そう、これが、ピアノだということです。」


信頼とは、いつもその時の
ありのままの自分の真実の姿を
表現するということ。
私は、彼のメッセージを、
そう解釈し、理解した。
苦悩や混乱を隠さず、
素直に表現する。
人の評価に左右されない生き方。
それが、本当のプロ意識なのかもしれない。


すてきね。
だから、彼は天才なんだ。


本物の真実に出会えた日となった。


キース、あなたは、
私に教えてくれた。


(人はいつまでも、あの頃のように
若くはない。
若いときにできたことが、
無理になる。
でも、年を重ねると、
人は素直になれる。
素直になるんだ。
君もね。)

投稿者 椎名あつ子 : 18:07

2008年05月14日

母の日

先週の日曜日は、母の日だった。
それぞれの家庭内での母の日の一日を
カウンセリングの中で聞いた。


家族で母の日を祝った人、
夫がカーネーションを買ってきてくれた人、
娘がいるのに無視されて、辛かった人、
子どものボーイフレンドが、
食事に連れて行ってくれた人。


様々なドラマの中で、
母たちは何を感じたのだろうか。
子どもや夫が、
「お母さん、いつもありがとう」
と感謝して、
日々の母親業を称えてくれる日。


ただ、母である女性たちも、
自分の母としてのあり方を
考える日でもあると感じている。


母親になって…
何年が過ぎただろうか。
子育て真っ最中の人も、
子どもが大きくなって、少し手が離れた人も、
母親という、ある意味、
女でしかできないひとつの職業を持ってからの、
今までの時間と歴史を振り返る日。
母親という大切な役割を、
自分がどう受け止めてきたかということ。
どう子どもたちに対応してきたかということ。


母の日はある意味、
母親である女性たちの、
自覚する日でもあると感じた。

投稿者 椎名あつ子 : 14:03

2008年05月12日

あたりまえのこと

「まず、自分をほめてね。
どんな時でも自分を責めず、
今の状況の中で、
どんなに小さな出来事でも、
できたことを自分で認めてね。」


いつもクライアントに
言い続けていることば。
だけど、回りの誰かがほめてくれないと、
自分をひとりでほめるということは、
時に切ない作業だということを感じた。


やれてあたりまえ。
できてあたりまえ。


仕事は自分で選んだことだから、
責任を持ってすることは、
あたりまえ。


子育ても、産むことを選択して
子どもがいるのなら、
責任を持って育てるのは、
あたりまえ。


子どもがいい子に、自立するように
教育することも、母親ならば、
あたりまえ。


結婚相手とうまくいかなくても、
選んだのは自分でもあるから、
我慢するのも、
あたりまえ。


大人になると、
やれてあたりまえのことが増えて、
ほめてもらうことがなくなるのも、
あたりまえ。


今の時代、コンピュータができて、
あたりまえ。


人とのコミュニケーションが
取れるのは、社会では、
あたりまえ。


あたりまえでないことが、
ない気がしてきた。
こういうことに疲れてくる。
きっと、みんなが辛くなっている。


あたりまえのことを
あたりまえとしてできていることは、
本当はとても大変で、
とてもとても、すごいんだよね。
誰も、そこを、
ほめてくれないかもしれないけれど。


今日、私は、自分をほめる。
あなたはあなたなりに、
がんばっているよ。
だから、今日はもういいよ。
ゆっくりとお休みね。


少し切ない気もするけれど、
でも、それは本当でしょ。
みんな、それなりに、
やってきたでしょ。


だから今日は、ほめてみよう。
自分のことを。
精一杯に。

投稿者 椎名あつ子 : 15:34

2008年05月09日

うつ病

「うつ病は、誰もがかかる病気です」


あるプロレスラーが言ったことば。
これは、いつも私が言うことばでもある。


夜遅く、テレビをつけたら、
その日、うつ病特集だった。


夢を表現する
強いはずのプロレスラーが、
うつ病になった。
1年半、大好きなリングに上がれず、
それでも彼は、病気を認められず、
お酒に日々おぼれ、
アルコール依存という病名までついたという。
彼は、落ち着くはずの家のマンションも、
居場所とならなくなり、
屋上から飛び降りることばかり
考えていたという。


その日のリングでは、
彼を支えてくれた命の恩人が、
相手だった。
彼は、長い時間の闘いの末、
リングの上では負けた。


自分から、仮面でもあるマスクを脱いだ後、
彼はリングの上から、ファンに、
自分の病名を告白した。


「僕は、うつ病でした。
そして、今でも治療中です。」


リングの上で泣き崩れながらも、
堂々と自分の病名と向き合おうとしている彼に、
ファンの拍手が鳴り響く。


私は、気が付くと、泣いていた。
頬を、大粒の涙が伝っていた。
カウンセラーだからではなく、
うつ病の苦しさを知っている
ひとりの人間として、
このテレビは、胸に何かが響いた。


恐ろしい仮面のマスクを取った彼は、
とても純粋で、
まじめな表情の、普通の青年だった。


彼は言う。


「うつ病に対して、偏見のない世界が、
僕たちを救うのです。」


そう、だからあえてもう一度、
言いたいのです。


うつ病は、あなたも、そして私も、
ある日、突然、なりうるのです。
だから怖れないで。
そしてどうか、
弱いからと言わないで。
今、現代の社会では、
当たり前に起こる病気だから。
あなたも、そして私も、
人間だから起こりうるのです。
治せばいいのです。
治る病気だから。
偏見を捨てて欲しい。
おかしいわけじゃないから。


うつ病という病気を、
もっと知ってほしい。
心から。

投稿者 椎名あつ子 : 20:49

2008年05月07日

チューリップの歌

近くの公園で、
チューリップが倒されていた。
あまりの残虐な光景に、
はじめ、風で倒れたのかと目を疑った。
でもそれは、風で倒れているのではなく、
誰かに足で踏みつけられたか、
傘のようなもので叩き潰されたかのような
感じだった。


チューリップの叫びが
聞こえてきた。


「わたしたち、
何も悪いことしていないのに。
ただ、みんなに喜んでほしくて
咲いたのよ。」


人の心には、
何故こんなにも卑劣な、残虐な、
恐ろしくも悲しい感情が
ひそんでいるのだろうね。


チューリップを次々と倒した人は、
少しはスッキリしたのかな?
少しは落ち着いたのかな?
もぎ取った花を持ち帰ったのかな?


私たちは子どもの頃、
誰もがチューリップの歌をうたったよね。


「咲いた 咲いた
チューリップの花が
並んだ 並んだ
赤 白 黄色 …」


あの頃の、無邪気な喜びは、
母親と手をつないで歌った
懐かしい思い出ではありませんか。


あなたの心の中には、
何が起きているのか分かりませんけれど、
もう一度、チューリップの歌、
うたってみませんか。


投稿者 椎名あつ子 : 15:51

2008年05月02日

青春

別れのカウントダウンが始まった。
若い二人は、それぞれの道を、
お互い迷わず進むために、
東京とニューヨークと離れて、
生きていくこととなった。


あと1ヶ月。


彼は、彼女をおいて、
ニューヨークへと旅立つ。
彼女は、ここ東京で、
大きなステップへと踏み出すために、
勉強を始めた。


若い二人は、お互いの可能性を認め、
尊重し、そして信じ合い、
未来をつかむために離れることが、
1つの人生だということを、
知っているかのようだ。


別れが近いというのに、
さわやかで、キラキラとした瞳で、
二人は見つめ合っていた。


昔の若い頃の私は、
こんなにも前向きな恋愛なんか
できなかったな。
別れが、本当は始まりなのかも
しれないけれど。
年をとると、大切なものを
守ろうとし始める。
そしてそれは、
執着かもしれないけれど、
継続させるための努力を学ぶ。


若い二人は、執着よりも、
進み続ける。


そんな二人のスポンサーになって、
今日は食事に、逗子の方まで、
ドライブがてら出かけた。


初夏の新しい風が吹いていた。
まだ肌寒い夕暮れの海辺で、
二人は手をつないで
歩き続けていた。


甘いだけが恋じゃない。
切なさも恋であることを、
楽しんでいる二人は、
久しぶりに新鮮で、
何かとても懐かしい感じだった。


若い二人の若い香りが、
海の潮の香りと混ざり合って、
青春ということばを、
改めて私の胸に響かせた、
そんな日だった。

投稿者 椎名あつ子 : 18:52

プロフィール

横浜心理ケアセンター

『横浜心理ケアセンター』

横浜市中区と三浦市の2箇所に開設している女性のための心のカウンセリングルームです。
このブログでは、センターの代表である私が、一人の人間として、一人の女性として、またカウンセラーとして、日々の生活の中で感じた様々な出来事などをエッセイ風にみなさんにお伝えしていきたいと思います。

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