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    <title>マイ・ウェイ</title>
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    <updated>2010-07-28T03:05:43Z</updated>
    <subtitle>女性カウンセラーのプチエッセイ</subtitle>
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    <title>モロッコへ</title>
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    <published>2010-07-28T03:05:05Z</published>
    <updated>2010-07-28T03:05:43Z</updated>
    
    <summary>昔、観た映画、 シェルタリングスカイを、 再び観た日からだと思う。 子どもじみて...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
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        昔、観た映画、
シェルタリングスカイを、
再び観た日からだと思う。


子どもじみているけれど、
モロッコに行きたくて仕方がない。
というか、
モロッコに行かなくてはいけないような
気がしている。


現実的に、今は無理とは分かっていても、
モロッコに行ってみたい。


こんな衝動的な感覚ははじめてで、
イタリアでもフランスでも
ＮＹでもなく、
モロッコなのだ。


モロッコに行くためには、多分、
よく分からないけれど、
マラリアや腸チフスや、
ありとあらゆる予防接種が
必要となるかもしれないのに、
北アフリカに、私は今、
何かを求めている。


求め始めたら、手に入れたい。
手に入れるために、求め続けたい。


久しぶりに大きな恋をしてしまったようで、
今は、ドキドキ感を楽しんでいる。


何年後かに実現するために、
私は、久しぶりの夢に取り付かれ、
それに心地良く陶酔している。


私に大きな目標ができた。
モロッコに行くこと。


これは、意味のある目標だと思っている。



        
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    <title>正しい形</title>
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    <published>2010-07-21T03:53:33Z</published>
    <updated>2010-07-21T03:54:18Z</updated>
    
    <summary>昼休み、スタッフと外食をしに出かけた。 食後、小さな昔からあるような 喫茶店を見...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
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        昼休み、スタッフと外食をしに出かけた。
食後、小さな昔からあるような
喫茶店を見つけ、入った。


そこは、まさに「正しい」喫茶店で、
年老いたマスターは、
ひたすらコーヒーを入れる
職人風の無口な人で、
小さなアーチ型の窓に、
大きな古びたシャンデリアが輝き、
小さなミルクピッチャーに、
コーヒーカップのお皿の上には
華奢なスプーンがついてきた。


ひとときの時間は静かに流れ、
私たちは、忘れかけていた
「正しい形」
を思い出していた。


コーヒーがおかわり自由になったり、
店員の「いらっしゃいませ～」の声が
当たり前で、それがサービスだと
思い込んできてしまっている中、
これが、正しい形だったのだと、
忘れていた何かを
思い出させられた。


私の中で、昔、
コーヒーといえば、
苦くてすっぱいキリマンジャロだった。
これも、忘れていたなつかしい名前だった。


久しぶりのキリマンジャロは、やはり、
私にとっては、変わらない、
正しいコーヒーの味だった。


変わらない正しさを
久しぶりに感じられた、
有意義な時間となっていた。




        
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    <title>ママ</title>
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    <published>2010-07-15T02:13:21Z</published>
    <updated>2010-07-15T02:13:58Z</updated>
    
    <summary>やはり変わらないあなたへ。 いいえ、変わってしまったあなたへ。 最近の老いたあな...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinri-care.com/blog/">
        やはり変わらないあなたへ。
いいえ、変わってしまったあなたへ。


最近の老いたあなたの
ひとことひとことに、
私は、悲しみと苦しみを隠せず、流せず、
心は凍えていく。
そして、過去を思い出すときに、
なつかしくも切ない絶望が
そこにはある。


あのときの私とあなたの
その関係性は、
ときに今でも変わることなく、
私は、あなたの顔色を、
そして機嫌をうかがう。


ママ、
あなたはとても優しく、
そして、とても冷たい。


あと残り少しの時間、
もうあのときのように
あなたを憎みたくない。
私は、あなたを、
心から素直に、
本当は抱きしめたい。


どうか、神様、
私に、大きな海のような
ゆらゆらとキラキラと
眩しく美しい心と、
月の光のような
静かに照らす思いやりと、
朝から降り続ける雨を眺めながら
自然にあきらめられるようなゆとりを、
とうか、お与えください。
もう二度と、あの頃のような私には、
なりたくないのです。


ママは、私のたったひとりの、
神様、あなたが選んで私に与えた
母親なのですから。



        
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    <title>目を伏せるとき</title>
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    <published>2010-07-07T06:58:11Z</published>
    <updated>2010-07-07T06:59:47Z</updated>
    
    <summary>カウンセラーであっても、 この仕事のプロフェッショナルであっても、 相手の目を見...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinri-care.com/blog/">
        カウンセラーであっても、
この仕事のプロフェッショナルであっても、
相手の目を見て話が聴けなくなり、
もっといえば、
目を見て話ができなくなり、
涙が出そうになり、
感情があふれ出しそうになる。
一瞬の時間が、
とても長く感じられるときがある。


頭の中で、
ありとあらゆる言葉が消えてなくなり、
心臓の音だけが、
時計の音よりも大きく感じるときがある。


目を伏せずにはいられない自分に
戸惑いながらも、
私も、生身の人間だと思えるときもある。


私はそういうとき、
必ずといっていいほど
思い出すことがある。


優しすぎた義母が、
末期のガンに侵され、亡くなる前、
眉間に険しいしわを寄せて、
今まで見たことのない表情で、


「くやしいのよね」


と言ったとき、
私は、目を伏せた。


私は、あれでよかったと、
今でも思っている。


彼女を見続けることは、
侵してはいけない領域に入り込むことだと
感じたのかもしれない。


人は、見てはいけない、知ってはいけない
極限の何かがあるのだと、
教えられたときだった。


目を伏せずにはいられないとき、
私は、いつも義母に
助けられている気がする。


今日、そんな瞬間があったときだった。



        
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    <title>気持ちのいいこととは</title>
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    <published>2010-06-29T05:15:52Z</published>
    <updated>2010-06-29T05:16:59Z</updated>
    
    <summary>気持ちのいいこと、しませんか。 私の気持ちのいいこと。 仕事が終わってホッとした...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
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        気持ちのいいこと、しませんか。


私の気持ちのいいこと。


仕事が終わってホッとしたとき、
ダウンライトにして、
ピアノのソロをききながら、
赤ワインを飲むこと。


洗いたてのシーツの上で寝ること。


フルーツのかけらを、
犬たちにあげる前の、
彼女たちのウルウルした目を見ること。


とにかくひたすらバラの香りいっぱいの
お風呂に入ること。


娘たちのお弁当を、
色とりどり、納得いくまで飾り立て、
完成した作品を見ること。


日々の生活の中で、
気持ちよく、
幸福を味わう瞬間は、
あふれているように思う。


人からしてもらって、気持ちのいいこと。


特別の日でもないのに、
スタッフが朝、花を買ってきてくれたとき。


マンションの管理人が、
外出から帰ってきたとき、
「お帰りなさい」と笑顔で迎えてくれたとき。


久しぶりに会う女友達が、
思い切りハグしてくれたとき。


美容院で、最後に、
少しきれいになった私の後姿を
鏡に映してくれたとき。


たくさん、たくさん、
気持ちのいいことは転がっている。
私も、そしてあなたも、
もっともっと気持ちのいいことを
感じあってみませんか。
そのひとつひとつは小さなことであっても、
感じようとしてみれば、
幸せの瞬間は、
誰にでもあるはずと思うから。


感じようとする心が、
人に、もっとありがとうと言えるし、
自分にも、もっとよかったねと言える。
そんな気がしている。




        
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    <title>悲劇と喜劇</title>
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    <published>2010-06-22T02:43:49Z</published>
    <updated>2010-06-22T02:44:46Z</updated>
    
    <summary>混乱や、苦しみや、怒りの状態は、 その人にとって、悲劇。 それなのに、他人から見...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
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        混乱や、苦しみや、怒りの状態は、
その人にとって、悲劇。
それなのに、他人から見ると、
喜劇としか見えないドラマがある。


失恋をして、
自慢の長い美しい髪を
バッサリと切る。
その人にとっては、
苦しく悲しい悲劇。
でも、前髪が少し短すぎた。
これも悲劇。


でも、他人からは、喜劇である。


長い間、悩みを打ち明けていた
唯一の親友は、
夫の愛人だった。
これも、悲劇以外の何物でもないけれど、
知らない他人から見れば、
喜劇になってしまうかもしれない。


リラックスのために出かけた、
久しぶりの旅行の日。
大雨に降られ、しかも渋滞だった。
これも、悲劇であり、喜劇。


私たちの人生は、
悲劇と喜劇を繰り返していて、
それは紙一重であるように思えた。


それならば、今、起きている悲劇を、
これはもしかして、
人からは喜劇と見えてしまうのかどうかを、
冷静に見つめてみたりすると、
案外、人生はユーモラスなのかもしれないと
思ってみたりした。


私は、ある悩みから抜け出したくて、
わざわざ車を飛ばして、
遠いところへお寿司を食べに行った。
それなのに、夜、
腹痛にあい、
一睡もできなかった。


悲劇だけど、
あとで考えると喜劇だと、
自分でも思う。


それが人生。


そう考えたら、つらいことも、
少しは笑えるようになっていた。



        
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    <title>探し物</title>
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    <published>2010-06-15T08:14:59Z</published>
    <updated>2010-06-15T08:15:56Z</updated>
    
    <summary>そういえば、最近、 アレ見てないな。 と思った瞬間から、 探し物探しが始まった。...</summary>
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        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
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        そういえば、最近、
アレ見てないな。


と思った瞬間から、
探し物探しが始まった。


今まで気にならなかった物なのに、
無いと思ったら気になって仕方がない。


ありとあらゆる引き出しや戸棚を
開け始める。
もう、止まらない。


次から次へと、
忘れていたいろんなものが、
ひょっこり顔を出す。


懐かしい手紙や写真や、
取っておいても仕方がない物まで、
出てくる。


気付くと、
いらないものを
どんどんと捨て始めていて、
もう、大掛かりな片付けとなっていった。


何でこんなところから、
こんなものが出てくるわけ？


昔、買った、アンティークのピアス、
ブレスレット、
キーホルダー、
ハンカチ…など、
以前、大切にしていたはずの、
忘れられた物たちだった。


自分のだらしなさを痛感しつつも、
嬉しい気分となっていった。


ただ、本当の探し物は
見つからない。
どんなに探しても、
あったはずの場所からは出てこなくて、
とうとう最後まで見つけられなかった。


それにしても、
探している物を探している間は、
本当の物は見つからず、
忘れかけていた物たちに
気付かされるなんて、
まるで人生みたい。


ただの探し物探しは、
私の中で哲学となり、
人生のドラマとなっていっていた。


忘れていたピアスを
もう一度しながら、
懐かしい気分にひたる日となった。



        
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    <title>女性とは</title>
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    <published>2010-06-03T03:00:14Z</published>
    <updated>2010-06-03T03:00:54Z</updated>
    
    <summary>失恋したとき、 夫に裏切られたとき、 浮気が発覚したとき、 それをひたすら考えて...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinri-care.com/blog/">
        失恋したとき、
夫に裏切られたとき、
浮気が発覚したとき、
それをひたすら考えて、悩んでいると、
息苦しく、悲しく、
体はあちこちにもぎ取られた感覚になり、
涙はなくなり、枯れ果て、
体中の水分は、消えていく。


裏切られた怒りは、
マグマのようにじわじわと流れ、
爆発しそうになる。


それでも、自分をうんと奮い立たせて、
１日だけでもまず、


「まぁ、美容院でも行くか」


これができたとき、
女性は、一歩成長し、
より美しく洗練されていく。


美容院に行けた女性と、
部屋にこもって悩んでしまう女性と、
どちらが正しいかではなくて、
どちらが意味があるのかを
考えてみたい。


だって、私たちはやはり、
女性として生まれてきたのだもの。


ずっと美しくありたいと、
心から願い、
そして、考える。


これが、女性のひとつの生き方かなと、
最近、おもったことのひとつ。


あの時の、あの彼女は、
本当にお見事だった。



        
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    <title>ピンク色</title>
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    <published>2010-05-26T04:05:54Z</published>
    <updated>2010-05-26T04:06:43Z</updated>
    
    <summary>昔、ピンクが大嫌いといっていた 大人の女性がいた。 彼女にとってピンクは、 女の...</summary>
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        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinri-care.com/blog/">
        昔、ピンクが大嫌いといっていた
大人の女性がいた。
彼女にとってピンクは、
女の媚びた優しさのようで、
繕った色と感じていたのかもしれない。
それも分かる気がする。


確かに、大人の女性には、
若いときと違って、
ピンクは似合わない。


それでも私は、ピンクは大好き。


薄いピンク色のバラは
心を豊かにするし、
うすいパールピンクのチークは
肌を若返らせるし、
モエのピンクのシャンパンは
何よりも優雅な色。


大人の女性にとってピンクは、
永遠にわがままでいられる存在の色だと思う。


私は、自分の誕生日パーティが
近付いている今、
今年は、ピンクを、
あえて意識して、
少しこの日ぐらい
わがままになってみようと思っている。


ピンクの花柄のテーブルクロスに、
ピンクの紙ナフキンに、
ピンクのシャンパンと、
じゃがいもとたらこのピンクのサラダと、
いちごの入ったピンクの生クリームケーキと、
そして、
ピンクに輝く
友人たちの少し酔った笑顔。


やはりピンクはいいでしょ。ね。


What a wonderful color !
That&apos;s PINK !!



        
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    <title>お月様</title>
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    <published>2010-05-18T06:39:18Z</published>
    <updated>2010-05-18T06:39:50Z</updated>
    
    <summary>その日の夕暮れは、 本当に美しいお月様だった。 今にも消えてしまいそうな 細い三...</summary>
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        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinri-care.com/blog/">
        その日の夕暮れは、
本当に美しいお月様だった。


今にも消えてしまいそうな
細い三日月のお月様の上に、
キラキラと輝くひとつの星が、
お月様を見守るように
存在していた。


それはまるで、
パリの細い路地にある
小さなアンティーク屋の片隅に
ひっそりとあるブローチのような、
繊細な美しさだった。


現実に流されそうになるこの世界に、
ふと、気付かされる宇宙の大きな存在と、
未知だから美しいその価値を、
人の命のように感じた瞬間。


私はたしかに、
そのお月様の下で生きていた。



        
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    <title>母</title>
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    <published>2010-05-13T08:46:40Z</published>
    <updated>2010-05-13T08:47:30Z</updated>
    
    <summary>母の日だった。 薄紅色の小さな蘭の植木が、 下の子からの贈り物だった。 バラのル...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinri-care.com/blog/">
        母の日だった。


薄紅色の小さな蘭の植木が、
下の子からの贈り物だった。
バラのルームアロマオイルと、
お風呂用のバラのランプは、
上の子からの贈り物。


ふたりの愛しい娘たちは、
私の好みをきちんと
知り尽くしてくれていた。


私は、彼女たちの
優しい４つのまなざしに見守られながら、
今日を生きていると実感した。
彼女たちの、素敵な贈り物に
ふさわしい女性に、
母である私も、
なっていく努力をしたいと思っている。


私は、最近小さくなった私の母に、
これからの時間、
何を与えられるのか、
考える日ともなった。


母と娘、
これは、永遠のテーマであり、
時に美しすぎ、
時にせつない関係を築いていく。


でもお母さん、
私は、あなたの娘に生まれて、
私は母になった喜びを
感じることができました。


時代は流れ、
三世代が共存していく。


子どもを産み、育てていく
過程であるにもかかわらず、
私は仕事に追われ、
決して、いつも良い母親ではなかったと
心から痛感し、反省し、後悔し、
申し訳なく思い、
それでもこうして、
笑い合える時間があること。


今日は久しぶりに、私にとって、
とてもあたたかい１日だった。



        
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    <title>心の問題</title>
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    <published>2010-05-10T07:59:01Z</published>
    <updated>2010-05-10T08:00:28Z</updated>
    
    <summary>先月、愛知県で起きた事件。 10年以上も自室に引きこもっていた 30歳の男性が、...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
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        先月、愛知県で起きた事件。


10年以上も自室に引きこもっていた
30歳の男性が、
家族5人を殺傷した。
ネット通販の支払いが
200万円をこえていて、
困った家族がとった行動が、
ネット契約をきることだった。
そのことで逆上した男性は、
小さな子どもまでも手にかけてしまった。


彼の唯一の社会が、ネットだった。


ネットの回線は、彼にとって、
生命線だったのかもしれない。


引きこもりに限らず、
こういった家族との
理解し合えない関係で起きる問題は、
ここセンターでも、日々、後を絶たない。
暴言であったり暴力であったり、
また、自分に向ける様々な自傷行為であったり。


ただ、その人たちは、
被害者でもあると、
私は思う。


社会から、地域から、世間から、
変わった目で見られたり、
放っておかれたり、
見捨てられた時間の蓄積は、
大きな被害であり、
弱者だと私は思う。


ただ、弱者であり、被害者であった人が、
今回の事件のように加害者へと変身するまでの、
何かしらの信号を、
誰が一番早く分かってあげるのか、
見つけ出す人がひとりでもいれば、
彼は毎日を、ネットにとらわれて生きなくても
よかったのではないかと思う。


また、家族がネットを切るという決断のほかに、
もっといい方法がないかを考え、
相談する場所、
病院であったり、カウンセラーであったり、
地域の相談支援の場所であったりを
探してみたりした結果だったのかを、
知りたいと思った。


「まだ、そこまでではないから、
  様子を見よう」


といった、精神への偏見からくる
甘えの逃避を、
まわりの人たちがまず捨てて、
本人を救うために、
何人かのプロに相談してほしいと、
心から願う。


家庭内で困っている問題を
世間から隠して放置していても、
彼らの心の病は変わらないばかりか、
大きくなっていくのだから。


心の病は、
外科の手術のようにはいかない。
切ればなくなるのではない。
なぜなら、レントゲンにも写らず、
どこにあるのかも誰も知らない、
でも確かに存在する、
心の問題だから。



        
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    <title>耳の形</title>
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    <published>2010-04-21T02:01:56Z</published>
    <updated>2010-04-21T02:02:33Z</updated>
    
    <summary>人に対して、 自分の心の中から ふっと湧き出てくる感情や、 自然な想いを、 大切...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
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        人に対して、
自分の心の中から
ふっと湧き出てくる感情や、
自然な想いを、
大切に大切にしたいと思う。


それは、私の中で今でも、
特別なことではなく、
当たり前のことだと思う。


それは、
自分を動かす原動力でもある。


人は、何のために生きるのか。
人と人との間に、
何かいい形を作るため。
人との関係をなくしては、
人は生きてはいけない。


私は、ある人に伝えたかった。


「それでも、
  自分の力を信じる気持ちを
  持ち続けてね。」


私からのメッセージ。


あなたの耳の形はとてもいいから、
きっと、良いことが
いつか待っているよ。


そう一緒に話したこと、
覚えていてね。



        
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    <title>ありのまま</title>
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    <published>2010-04-14T08:44:17Z</published>
    <updated>2010-04-14T08:45:16Z</updated>
    
    <summary>彼女は、どうしているのかなと思う。 ４年前の出来事を想い出させるのも、 やはりま...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
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        彼女は、どうしているのかなと思う。


４年前の出来事を想い出させるのも、
やはりまた、坂本龍一の曲で、
彼は、私にとって、
女泣かせの、
ずるい、
最高にいい男。


４年前、あの時、
彼の曲、「Sweet Revenge」を聞いて、
果てしなく号泣した。
４年経っても、この曲は、
私の心を揺さぶる作品でもある。


４年前、私は、
大人になってからはじめて、
絶望と裏切りを感じた。
そんな出来事だった。


今は、この曲を聞きながら想う。
彼女は、私に、
恐怖と悲しみを教えてくれた人だったと。
だけどまだ、彼女と会えない、自分がいる。
素直になれない、自分がいる。
あの時を流せない、自分がいる。


私は、あの頃を、
懐かしいと思えるまでの大人に
なれてはいない。
引きずる感情が、
どこかにまだ、確かにある。


それは、彼女の問題ではなく、
自分の心の切り替え方の問題であると、
十分に分かっているし、
だから、それができない自分を
情けなく思い、
時に、嫌いになる。


だけど私は、それでも、
私を自分で理解して、
私に同情し、
共感し、
受け入れ、
認め、
許し、
そしてあきらめ、
最後に私は、
私を愛してあげていく作業をしていく。


私が私を受け入れなければ、
私は、どこにも行けない。
私は私で、
それ以外にはなれない。
ありのままに生きるとは、
こんなにも自由で、
こんなにも孤独なのかと、
考えさせられる。


そんな中、


「今年の桜は、決して華やかでなく、
  淋しい色で、冷たさを感じてしまった。」


と、ありのままの自分で、
ある人に話した。
それに対して、


「私も、そう思った。」


と、答えてくれたある人に、
ホッとした。
ありのままに伝えて良かったと
感じた瞬間だった。


だけど、ありのままとは、
やはり、恐怖をともなう。
それでも今日は、少し安心した。
同じ感覚の人がいてくれたから。


私は、４年前のことを、
懐かしいことと、
ありのままに思える日がくるような
希望が持てた。


人生って、こういう瞬間の
積み重ねなのかなと感じた。


今日、夜に見た桜も、
やはりありのままに答えると、
淋し気だった。
そして、それで良いのだと思えた。



        
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    <title>その理由とは</title>
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    <published>2010-04-08T08:56:45Z</published>
    <updated>2010-04-08T08:57:33Z</updated>
    
    <summary>神様が本当にいるのならば、 神様は、こんなにも せつなく、 苦しく、 不本意な別...</summary>
    <author>
        <name>椎名あつ子</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinri-care.com/blog/">
        神様が本当にいるのならば、
神様は、こんなにも
せつなく、
苦しく、
不本意な別れが
やってくることを知っていて、
出会わせたのだろうか…


と、思わずにいられないようなことが、
時々、人生には起きるものだと思う。


何故、出会ってしまったのか、
何故、知ってしまったのか…


それでも、神様が本当にいるのならば、
そこには、きっと、
理由があるのだと思う。


この世に、私たちみんなが
生まれてきたことに、
意味があるように。


理由があるのだと、思いたい。



        
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